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ニューロダイバーシティ運動と応用行動分析(ABA)をめぐる議論

· 48 min read
Tomohiro Hiratsuka
CEO of Easpe, Inc

このブログ記事では、発達障害や精神疾患に関する最新の学術研究を幅広く紹介しています。具体的には、応用行動分析(ABA)をめぐる議論、自閉症児や成人ADHDの診断・治療の課題、運動療法や栄養補助療法の効果、発達障害と他の精神疾患(統合失調症やディスレクシア)との比較といったテーマを取り上げています。特に、自閉症児の社会的包摂、ダウン症の姿勢制御、トランスジェンダーの自閉症者のコミュニケーション課題、ADHDの認知的特徴や執筆能力への影響、GABAや栄養補助療法の神経化学的作用など、多様な研究を要約し、それぞれの意義や今後の課題について解説しています。研究の内容を分かりやすく整理し、発達障害支援の実践や政策に役立つ示唆を提供することを目的とした記事です。

学術研究関連アップデート

Applied Behavior Analysis in the Crosshairs: Neurodiversity, the Intact Mind, and Autism Politics

この論文は、応用行動分析(ABA)に対する近年の批判を「ニューロダイバーシティ(神経多様性)」の視点と関連付けて考察したものです。特に、**「知的に正常な心が本来 intact(損なわれていない)」という仮説(インタクト・マインド仮説)**が、ABAだけでなく、障害者向けの職業訓練プログラムや集団居住施設に対する批判の背景にもなっていることを指摘しています。

この仮説は、20世紀半ばの精神分析理論の影響を受け、「自閉症の人々は本当は健常者と同じ知能を持っているが、それを表現できないだけである」と考えるものです。近年のニューロダイバーシティ運動では、ABAが自閉症の個性を抑圧するものとして批判されることが多く、代わりに、個々の違いを尊重する支援が求められています

論文では、この「インタクト・マインド仮説」が現在の障害者政策や支援のあり方にどのような影響を与えているかを歴史的な視点から分析し、ABAをめぐる論争が単なる賛否の問題ではなく、自閉症や障害の本質をどう捉えるかという哲学的・政治的な課題と深く関わっていることを示唆しています。

The impact of exercise interventions on postural control in individuals with Down syndrome: a systematic review and meta-analysis - BMC Sports Science, Medicine and Rehabilitation

この研究は、ダウン症の人々の姿勢制御(バランスを保つ能力)を向上させるための運動介入の効果を検証するシステマティックレビューとメタ分析です。ダウン症の人は、立っているときに姿勢を安定させることが難しい傾向があるため、運動がその改善に役立つかを調査しました。

研究の方法

  • 2000年~2025年1月までに発表された関連論文を検索(PubMed、Science Direct、EMBASEなど)。
  • ランダム化臨床試験(RCT)および準実験研究を対象に選定。
  • 最終的に6本の研究をレビューおよび統合分析(メタ分析)

主な結果

  • 6つの研究のうち、4つの研究では運動が姿勢制御を改善する効果があると報告
  • 2つの研究では、運動による明確な改善は見られなかった
  • 統計的解析の結果、運動介入を受けたグループと受けていないグループには有意な差があり(p = 0.001)、運動が姿勢制御の向上に効果的であることが示唆された
  • 平均効果量(運動の効果の大きさ)は0.67で、小さな効果があることが確認された
  • 研究の質を評価したところ、6つの研究のうち4つは低品質、2つは高品質であり、証拠の確実性は「低い」と判断

結論と今後の課題

  • 運動介入はダウン症の人々の姿勢制御を向上させる可能性があるが、効果は限定的
  • 研究の質や参加者の数が限られているため、今後はより大規模で厳密なランダム化比較試験(RCT)が必要
  • 異なる種類の運動(例:筋力トレーニング、バランストレーニング、ダンスなど)の効果を比較する研究も求められる

この研究は、運動がダウン症の人の姿勢制御を改善する可能性を示唆しており、今後の運動プログラムの開発に役立つ知見を提供していると言えます。

Harmonizing Identities: A Scoping Review on Voice and Communication Supports and Challenges for Autistic Trans and Gender Diverse Individuals

この研究は、自閉症スペクトラム(ASD)を持つトランスジェンダーおよびジェンダー・ディバース(TGD)な人々が直面する声やコミュニケーションの課題と、それを支援する方法を整理したスコーピングレビューです。ASDとTGDの両方の特性を持つ人々は、社会的なマイノリティとしてのストレスを抱えやすく、それがコミュニケーションやウェルビーイング(心身の健康)への影響を与えることが指摘されています。

研究の目的

  • 自閉症のTGDの人々が直面するコミュニケーションと発声の課題を整理する
  • これまでに開発された支援策を特定し、その有効性を評価する
  • スピーチ・セラピスト(言語療法士)がどのようにサポートできるかを明確にする

研究の方法

  • 40の情報源(論文29本、臨床ガイドライン8本、書籍2冊、ポジション・ステートメント1つ)を精査
  • データベース(CINAHL, ERIC, Medline, APA PsycINFO)やグレイリテラチャー(未発表の研究や専門団体の資料)を用いて、2024年5月までの研究を収集

主な結果

  • ASD-TGDの人々が直面する課題の96.8%がコミュニケーションに関するものであり、発声(声)に関するものは3.2%にとどまった。
  • 支援策も91.3%がコミュニケーションに焦点を当てており、発声に関する支援は8.7%のみ
  • 主なコミュニケーションの課題
    • 医療機関や家族、友人とのやり取りが困難
    • 「声の違和感(ボイス・ディスフォリア)」や「自分の性別の認識と声の不一致」への対処が不足
    • 自閉症の特性による「社会的カモフラージュ(周囲に合わせるために本来の自分を隠す行動)」が、アイデンティティの開示と対立する
  • 支援策
    • 視覚的な補助ツール(例:イラストを使ったコミュニケーション)。
    • 多様なコミュニケーション手段の提供(例:口頭以外に筆記やデジタルツールを使用)。
    • 性別適合(ジェンダー・アファーマティブ)かつ神経多様性を尊重した支援の重要性

結論と今後の課題

  • ASD-TGDの人々の声やコミュニケーションに関する支援は、まだ十分ではない
  • 特に「声の違和感」や「カモフラージュ vs. アイデンティティ開示」の課題は未解決
  • スピーチ・セラピスト向けのガイドラインや専門トレーニングを強化する必要がある
  • より多くの研究を行い、実際の支援策の効果を検証することが求められる

この研究は、自閉症とジェンダー多様性という二重の課題を持つ人々の声やコミュニケーションの問題に焦点を当て、現状の支援策の不足を明らかにした点で重要な意義を持ちます。今後は、より具体的な支援プログラムの開発と、その効果の検証が求められます。

Oxytocin’s social and stress-regulatory effects in children with autism and intellectual disability: a protocol for a randomized placebo-controlled trial - BMC Psychiatry

この研究は、自閉症スペクトラム障害(ASD)と知的障害(ID)を併せ持つ子どもに対し、オキシトシンが社会性向上やストレス調整に効果があるかを検証する臨床試験のプロトコル(研究計画)を示したものです。

研究の背景

  • オキシトシンは、社会的なつながりやストレス緩和に関与するホルモンとして知られ、ASDの社会的困難を軽減する可能性があると期待されています。
  • しかし、これまでの研究では、知的障害を伴う自閉症児はほとんど対象にされてこなかったため、その効果が不明でした。
  • また、オキシトシン投与時の環境(心理社会的刺激の有無など)が統一されていなかったため、過去の研究結果には一貫性がなく、効果が確立されていません。

研究の方法

  • 対象:4~13歳のASD+IDの子ども 80名
  • 試験デザイン二重盲検・ランダム化・プラセボ対照試験(RCT)
    • オキシトシン投与群プラセボ(偽薬)投与群に分け、4週間にわたり、週3回(計12回)、24 IUの経鼻投与を行う。
    • 特別支援学校で、標準化された心理社会的刺激(対人交流の機会)を伴う環境で実施
  • 評価項目
    • 社会的行動の変化
      • ATEC(自閉症治療評価チェックリスト)
      • BOSCC(社会的コミュニケーションの変化を評価する専門家による観察スケール)
    • ストレス調整の効果
      • HF-HRV(心拍変動の高周波成分) → 副交感神経の活動指標として使用。
  • 評価のタイミング
    • 投与直後、4週間後、6か月後の3回にわたり評価し、効果の持続性も調査。

期待される結果と意義

  • オキシトシン投与群がプラセボ群よりも社会的行動が向上し、ストレス反応が低減すれば、その有効性が示される
  • 従来の「連続投与」ではなく、「間欠的投与(週3回)」というスケジュールの有効性が証明される可能性がある
  • オキシトシンと心理社会的刺激を組み合わせることで、より効果的な治療戦略を確立できるかもしれない

結論

この研究は、知的障害を伴う自閉症児におけるオキシトシンの社会的・ストレス緩和効果を初めて大規模に検証する試みです。結果が肯定的であれば、新たな治療選択肢としてオキシトシンが導入される可能性があるため、今後の展開が注目されます。

Improving Representation in Autism Research: A Qualitative Study of Mother’s Perceptions

この研究は、自閉症スペクトラム障害(ASD)の研究における社会経済的・文化的・言語的に多様な(SCLD)家庭の代表性の不足が、ASDのケアにおける格差の一因となっていることに注目し、母親の視点からその問題を探ったものです。

研究の背景と目的

  • ASDの研究では、特定の社会経済・文化的背景を持つ家庭が十分に代表されていないため、研究結果の一般化が難しく、SCLD家庭にとって有用な情報が不足している。
  • その結果、SCLD家庭の子どもはASDの診断・治療の機会が減り、サービス格差が生じている
  • 本研究では、SCLD家庭の母親へのインタビューを通じて、彼女たちのASD研究への認識や参加の障壁を明らかにし、今後の研究デザインの改善につなげることを目的とした

研究方法

  • SCLD家庭の母親8名に対し、**半構造化インタビュー(自由に話せる質問形式)**を実施。
  • *テーマ分析(Thematic Analysis)**を行い、母親たちの共通の意見や考え方を整理。

主な結果

  1. 研究は有益だと感じているが、研究プロセスについての理解を深めたい
    • 研究に参加すること自体は前向きに捉えているが、研究の目的や意義をより詳しく知りたいと考えている
  2. 研究が子どもの発達や生活に実際に役立つことを望んでいる
    • 研究結果が単なるデータ収集で終わるのではなく、日常生活や教育環境の向上につながることを期待している
  3. 「研究参加は社会貢献」という考えを持っている
    • 参加の動機として「自分の子どもだけでなく、同じ境遇の家族を助けたい」という気持ちがある。
  4. 研究参加のための実用的なサポートが必要
    • 交通費や保育支援など、研究参加に伴う負担を軽減するためのインセンティブが必要
  5. 研究参加には多くの障壁がある
    • 時間的な制約、社会的な偏見、文化的な違いなどが、参加を妨げる要因になっている。
  6. 地域コミュニティを活用した研究募集が有効
    • 病院、学校、地域センターなどを通じて情報を広めることで、参加意欲が高まる

結論と意義

  • SCLD家庭のASD研究への参加を増やすためには、研究の透明性を高め、実用的なサポートを提供することが重要
  • 研究結果が現実の支援につながることを明確に示すことで、参加意欲を向上させられる
  • 地域ベースの募集方法を活用し、より多くのSCLD家庭を研究に巻き込む戦略が求められる
  • これらの知見は、ASD研究の公平性を高め、医療格差の是正につながる可能性がある

この研究は、ASD研究における代表性の向上と、公平な医療・支援の提供を目指す上で重要な示唆を与えるものとなっています

Caregivers' experiences with diagnosis of fetal alcohol spectrum disorder: A life-course approach

この研究は、ニュージーランドにおける胎児性アルコール・スペクトラム障害(FASD)の診断プロセスが、養育者(ケアギバー)にどのような影響を与えるのかを調査したものです。FASDは、母親が妊娠中にアルコールを摂取することで生じる発達障害であり、早期診断と適切な支援が重要です。しかし、診断を受けること自体が困難な状況が続いています。

研究の方法

  • ニュージーランドのFASD当事者の養育者(ケアギバー)とその家族(whānau)を対象に、フォーカスグループ(対話形式のグループ調査)を実施
  • 参加者の発言を記録し、質的分析(リフレクシブ・テーマ分析) を用いて共通するテーマを抽出。

主な結果

  1. 診断を受けるまでの障壁(Barriers to Diagnosis)
    • 専門家の知識や研修不足により、FASDの診断が難しい。
    • 診断を受けるための適切な支援や情報が不足しているため、ケアギバーが苦労する。
  2. 診断の意味(Meaning of Diagnosis)
    • 診断が確定すると、子どもの特性を理解し、適切な支援を受けるための第一歩となる
    • 診断を受けることは、家族にとっても精神的な区切りや安堵感につながる
  3. 診断後の生活(Life with Diagnosis)
    • 診断後も、適切な教育・福祉支援を受けるのが難しいため、家族が孤立しがち。
    • 専門家のサポートを充実させることが不可欠

結論と提言

  • FASDの診断は、家族にとって重要な意味を持つが、専門家の知識不足や支援体制の不備が大きな障壁となっている
  • ニュージーランドでは、FASDの診断・支援に関する専門家のスキル向上と体制強化が急務
  • よりアクセスしやすい診断システムと、診断後の継続的な支援を整備する必要がある

この研究は、FASDの診断プロセスの課題を明らかにし、専門家の研修強化や支援の拡充が求められていることを示唆するものです。

Exploring the Human-Animal Interaction (HAI) for Children with ASD Across Countries: A Systematic Review

この研究は、自閉症スペクトラム障害(ASD)の子どもに対する人と動物の相互作用(HAI: Human-Animal Interaction)が、異なる国や文化でどのように実施され、どのような効果があるのかを系統的にレビューしたものです。ASDの子どもは、社会的コミュニケーションの困難や感情のコントロールの問題を抱えることが多いため、動物との関わりが心理的・行動的な支援となる可能性があります

研究の概要

  • HAIの形式、関わる動物、実施環境に国や文化による違いがあるかを調査。
  • 97件の関連研究を分析し、特にヨーロッパとアメリカでの研究が多いことを確認

主な結果

  1. HAIの主要な形式
    • 最も一般的なのは、動物介在療法(Animal-Assisted Intervention)
    • 次に、家庭でのペット飼育(Pet Ownership)が多くみられた。
  2. HAIに関わる動物
    • 犬と馬が最もよく利用される動物だった。
    • 馬を使ったHAIは、乗馬やトレーニング施設で実施されることが多い。
  3. HAIの実施環境
    • 主な実施場所は家庭、乗馬センター、動物訓練施設
  4. 文化的な違い
    • 国や地域によって、関わる動物の種類やHAIの実施形式が異なる
    • HAIの方法は文化的背景に影響されるため、各国に適した方法を考える必要がある

結論と今後の展望

  • HAIはASDの子どもに対して有益な介入手法であり、社会的スキルや情緒調整の支援につながる可能性がある
  • 文化的な違いを考慮しながら、HAIのプログラムを設計することが重要
  • 今後は、より多様な国や文化におけるHAIの研究を進めることで、ASD支援の幅を広げることが期待される

この研究は、動物とのふれあいがASDの子どもにどのように役立つかを明らかにし、文化に応じた支援の必要性を強調するものとなっています。

Exploring Risk Factors for ADHD Among Children at a Mongolian Public School: A Cross-Sectional Analysis

この研究は、モンゴルの公立学校に通う8~13歳の児童を対象に、ADHD(注意欠如・多動症)のリスク要因を調査したものです。ADHDは神経発達障害の一種であり、社会経済的要因や環境要因が関与している可能性が指摘されていますが、非西洋圏の子どもにおけるリスク要因の研究は限られています

研究の概要

  • 対象者:ウランバートルの公立学校に通う 201名の児童
  • 評価方法
    • ADHD症状を測定する「Conners-3アセスメント」を、親と教師の評価に基づいて実施。
    • 社会経済的要因(親の学歴、家庭の収入、居住環境)環境要因(屋外活動時間、ビタミンD・カルシウム摂取量、受動喫煙の有無) との関連を分析。

主な結果

  1. ADHDの症状(不注意、多動性、反抗的行動)は、家庭の収入や住居の種類と関連があった
    • 家庭の収入が低いほど、不注意や反抗的行動のスコアが高かった
    • 住居の種類(社会経済的地位の指標)がADHD症状と強い関連を示した
  2. 屋外活動時間が2時間を超える子どもは、不注意や多動性のスコアが高かった
    • (不注意スコアの増加:aMD 0.53, 95% CI [0.03, 1.03])
    • (多動性スコアの増加:aMD 0.63, 95% CI [0.10, 1.16])
  3. カルシウム摂取量、ビタミンDレベル、受動喫煙の有無、親の雇用状況はADHD症状と有意な関連を示さなかった

結論と意義

  • モンゴルの児童において、ADHDの症状は家庭の収入や住居環境と関連している可能性がある
  • 屋外活動が長い子どもほど、不注意や多動性のスコアが高かったが、その理由は不明であり、さらなる研究が必要
  • ビタミンDや受動喫煙など、一般にADHDのリスク要因とされる要素は、本研究では有意な関連が見られなかった

この研究は、モンゴルという非西洋圏の国におけるADHDのリスク要因を明らかにし、特に社会経済的要因が症状に影響する可能性を示唆する重要なものです。今後、居住環境や教育格差がADHDの発症や管理にどのような影響を与えるのか、さらなる研究が求められます。

Contributions of Working Memory, Inhibition, and Processing Speed to Writing Composition in Attention-Deficit/hyperactivity Disorder

この研究は、ADHD(注意欠如・多動症)の子どもが書く力(作文能力)に苦手意識を持つ理由を、作業記憶・抑制・処理速度といった認知機能の影響から分析したものです。

研究の概要

  • 対象者:ADHDの子ども518名、発達典型の子ども851名
  • 評価項目
    • 作文能力(文章を書く力)
    • 作業記憶(情報を一時的に保持して操作する能力)
    • 抑制(衝動的な反応を抑える能力)
    • 処理速度(情報を素早く処理する能力)
  • 分析方法:統計モデルを用いて、「注意欠如が作文能力に与える影響を、作業記憶・抑制・処理速度がどの程度説明できるか」を検証。

主な結果

  1. 注意欠如のレベルが高いほど、作文能力が低かった(予想通りの結果)。
  2. 作業記憶と抑制の低さが、作文能力の低下の約10%を説明できた。
  3. 処理速度の遅さは、作文能力の低下の約17%を説明できた。

結論と意義

  • ADHDの子どもは、作業記憶・抑制・処理速度の課題が、作文能力の低下と関連していることが示された。
  • 特に処理速度の遅さが、作文の苦手意識に大きく影響している可能性がある。
  • 作文指導では、単に書く練習をさせるのではなく、作業記憶を支える戦略(例:メモをとる、構成を考える時間を増やす)や、処理速度の負担を軽減する工夫(例:タイピングの活用、書くスピードにこだわらず内容に集中させる)を取り入れるとよい

この研究は、ADHDの子どもが作文で苦労する理由を明らかにし、効果的な支援のヒントを提供するものです。

Therapeutic processes in a school-based intervention for high school students with attention-deficit/hyperactivity disorder

この研究は、高校生のADHD(注意欠如・多動症)向けの学校ベースのスキルトレーニング介入において、治療プロセスが学業や組織スキルの向上にどのように影響するかを分析したものです。

研究の目的

  • *治療者のスキルや行動(例:治療計画の順守、治療の質)**が、介入の効果に影響を与えるかを調査。
  • *治療者と生徒の関係性(例:信頼関係の強さ、生徒の治療への参加度)**が、治療成果にどの程度影響するかを分析。

研究の方法

  • 対象:ADHDの高校生84名(平均年齢15歳、83.3%が男性)。
  • 介入内容:学校で実施される多面的なスキルトレーニングプログラム(学習計画や組織スキルの向上を目的としたもの)。
  • 評価項目
    • 治療者のスキル(治療計画の順守・治療の質)
    • 治療者と生徒の関係性(信頼関係・治療への積極的な参加度)
    • 介入後の学業成績や組織スキル(宿題の管理、スケジュール管理など)

主な結果

  1. 治療者のスキルや信頼関係の強さは、学業成績や組織スキルの向上と直接的な関連はなかった
  2. 生徒自身が治療に積極的に参加すること(治療エンゲージメント)が、組織スキルや宿題の管理能力の向上と関連していた

結論と意義

  • 治療者のスキルや信頼関係よりも、生徒自身が治療にどれだけ積極的に関与するかが、学業やスキル向上に影響を与えることが分かった。
  • ADHDの高校生向けの介入では、生徒の治療への参加を高める戦略(モチベーション向上、個別のサポート、興味に沿ったアプローチなど)が重要
  • 学校のメンタルヘルス支援では、治療エンゲージメントを測定する指標の開発や、生徒の関与を強化するためのトレーニングが必要

この研究は、ADHDの高校生向けの支援において、治療者側のスキル以上に「生徒自身の積極性」が成功の鍵であることを示しており、より効果的な介入方法を考える上で重要な示唆を与えています

A meta-analytic evaluation of cognitive endophenotypes for attention-deficit/hyperactivity disorder: Comparisons of unaffected relatives and controls

この研究は、ADHD(注意欠如・多動症)の認知的エンドフェノタイプ(遺伝的要因に関連する認知的特徴)を分析し、ADHDの家族(第一度親族)とADHDではない人々を比較するメタ分析です。

研究の目的

  • ADHDは遺伝的要因が強く関与する神経発達障害であり、エンドフェノタイプ(病気の遺伝的要因を反映する特定の認知的特徴)を特定することで、その発症メカニズムをより深く理解できる可能性がある。
  • ADHDではないが、ADHDの家族を持つ人々(第一度親族)が、どの認知機能においてADHDと関連する特徴を持つかを分析し、ADHDの遺伝的リスクを探る。

研究方法

  • 2024年7月までの学術論文を検索し、40の研究(229の効果サイズ)をメタ分析
  • ADHDの親族と、ADHDの家族歴がない非ADHD群を比較し、10の認知機能領域での成績を評価。

主な結果

  • ADHDの親族は、非ADHD群に比べて以下の認知機能で成績が劣っていた
    • ワーキングメモリ(作業記憶)(Hedges' g = 0.29)
    • 処理速度(g = 0.26)
    • 反応時間の変動性(安定した反応ができるか)(g = 0.40)
    • 時間処理(時間感覚の認知処理)(g = 0.30)
    • 認知の柔軟性(状況に応じた思考の切り替え)(g = 0.20)
  • 一方、以下の認知領域では、ADHDの親族と非ADHD群の間に有意な差はなかった
    • 抑制機能(衝動を抑える力)
    • 覚醒レベル
    • 運動機能
    • 計画力
    • 遅延回避(即時報酬を好む傾向)
  • 効果の大きさには研究間でばらつきがあったが、性別や年齢が大きく影響している証拠はなかった

結論と意義

  • ワーキングメモリや認知の柔軟性、反応時間の変動性といった認知領域が、ADHDの遺伝的リスクと関係している可能性がある
  • ADHDの遺伝的要因を探るためには、実行機能(衝動抑制など)よりも、認知の処理速度や注意の安定性に焦点を当てる方が有望である
  • この知見を活かすことで、ADHDのリスクを早期に評価し、予防や介入に役立てる可能性がある

この研究は、ADHDの遺伝的影響を認知機能の観点から探る新たな知見を提供し、将来的な診断や介入の手がかりを示す重要なものといえます。

Attention Deficit/Hyperactivity Disorder in Adults: Position of Portuguese Experts on Diagnosis and Treatment

この論文は、**ポルトガルにおける成人のADHD(注意欠如・多動症)の診断と治療の現状、課題、そして改善策を専門家の立場からまとめた提言(ポジションペーパー)**です。

背景

  • ADHDは子どもだけのものではなく、成人の1.5~3%が影響を受けているとされる。
  • 成人ADHDが未治療のままだと、薬物乱用、犯罪リスクの増加、学業・仕事での困難が生じる可能性が高い
  • しかし、ポルトガルでは成人ADHDの診断と治療が十分に行われておらず、適切に対応されているのは全体の20%未満

成人ADHDの診断と治療の課題

  • 他の精神疾患(例:不安障害、うつ病)との症状の重なりにより、ADHDと認識されにくい。
  • 医療従事者や社会全体のADHDに対する認識不足や偏見が、適切な診断を妨げている。
  • 診断・治療の明確なガイドラインが不足しているため、医療現場での対応が一貫していない。

提言(専門家の見解)

  1. 成人ADHDの診断・治療のガイドラインを策定し、標準化を進めるべき
  2. 医療従事者向けの研修を増やし、ADHDの理解を深めることで、誤診や見落としを減らす。
  3. 社会全体でADHDの認識を高め、偏見を減らす活動を行う
  4. 適切な治療を受けられるように医療システムの改善を図る

結論

ポルトガルでは、成人ADHDの診断・治療が大きく遅れており、認識不足や偏見、診断の難しさが大きな課題となっている。この論文は、ADHDに対する医療と社会の理解を深め、適切な診断と治療を促進するための指針を提供することを目的としている

Reevaluating the neural noise in dyslexia using biomarkers from electroencephalography and high-resolution magnetic resonance spectroscopy

この研究は、読字障害(ディスレクシア)の「神経ノイズ仮説」(脳内の興奮性(E)と抑制性(I)のバランスの乱れが読字の困難を引き起こすという説)を検証するために行われました。

研究の概要

  • 対象者:ポーランドの青少年・若年成人120名(ディスレクシア群60名、健常対照群60名)。
  • 評価方法
    • 脳波(EEG) を用いて、脳の電気的活動のパワースペクトルを測定。
    • 磁気共鳴分光法(MRS, 7T MRI) を用いて、脳内のグルタミン酸(Glu, 興奮性神経伝達物質)とGABA(抑制性神経伝達物質) の濃度を測定(半数の被験者を対象)。
  • 統計手法:ベイズ統計を用いてデータを解析。

主な結果

  • ディスレクシア群と対照群の間で、E/Iバランスの違いは確認されなかった
  • つまり、「ディスレクシアの原因は脳の過剰な興奮状態にある」という仮説を支持する証拠は得られなかった

結論と意義

  • 神経ノイズ仮説は、ディスレクシアの主な原因ではない可能性が高い
  • 読字障害のメカニズムを理解するためには、E/Iバランス以外の要因を探る必要がある
  • ディスレクシアの神経学的な特徴をより深く研究するため、他の神経生理学的な指標を用いた研究が求められる

この研究は、ディスレクシアの原因に関する既存の仮説を再評価し、新たな研究の方向性を示唆するものです。

Frontiers | Autism spectrum disorder and schizophrenia: a phenomenological comparison

この研究は、自閉症スペクトラム障害(ASD)と統合失調症(Schizophrenia)の関係や違いを、現象学的な視点から分析したものです。歴史的にも臨床的にも、両者には重なる部分がありますが、その違いや共通点は十分に研究されていません。本論文では、自己(self)、対人関係(intersubjectivity)、そして自己と世界の関係(self-world relationship)の3つの次元に注目し、それぞれの障害の特徴を比較しました。

主な違い

  • 統合失調症では、自己と世界の関係が不安定で、断片化されやすい(例:現実感の喪失やアイデンティティの崩壊)。
  • ASDでは、自己と世界の関係は比較的安定している(例:予測可能な環境やルーチンを好む)。
  • 妄想の経験にも違いがある可能性が指摘されており、統合失調症では自己と世界の関係が根本的に変化するのに対し、ASDでは異なる形で世界との関わりが制限される。

結論と意義

この研究は、ASDと統合失調症の自己や世界との関わり方の違いを現象学的に整理し、両者の根本的な違いを理解する手助けとなるものです。特に、診断や治療方針を考える上で、単なる症状の比較ではなく、個々の経験の質的な違いを考慮することが重要であることを示唆しています。

Frontiers | Exploring the clinical features of minimally verbal autistic children

この研究は、ほとんど言葉を話さない(minimally verbal)自閉症児の臨床的特徴を詳しく調査し、言葉を話す自閉症児(verbally autistic)との違いを比較したものです。自閉症の子どもの約25~30%は5歳を過ぎても機能的な言語を発達させず、詳細な特徴が十分に理解されていません。

研究の概要

  • 対象者:189名のほとんど言葉を話さない自閉症児(平均年齢7.37歳)と、184名の言葉を話す自閉症児(平均年齢7.71歳)。
  • 評価項目
    • 知的機能(IQ)
    • 自閉症の重症度
    • 情緒・行動面の問題
    • 親のストレスレベル

主な結果

  1. ほとんど言葉を話さないグループは、非言語性IQが低く、反復的な行動がより顕著だった。
  2. 言葉を話すグループは、不安症状がより高い傾向にあった。
  3. ほとんど言葉を話さないグループの親は、より高いストレスを感じていた

結論と意義

この研究は、ほとんど言葉を話さない自閉症児の特徴を明確にすることで、より適切で個別化された支援の必要性を強調しています。特に、知的機能の低さや反復行動の強さに応じた支援策の開発や、親のストレスを軽減するサポートが重要であることが示唆されました。

Frontiers | Impact of GABA and Nutritional Supplements on Neurochemical Biomarkers in Autism: A PPA Rodent Model Study

この研究は、自閉症スペクトラム障害(ASD)の脳内の興奮と抑制のバランスの乱れ(特にGABAとグルタミン酸の不均衡)や酸化ストレスに着目し、GABA(抑制性神経伝達物質)と栄養補助療法(プロバイオティクス、ビタミンD3、β-ラクタム)による治療の効果をラットモデルで検証したものです。

研究の概要

  • モデルプロピオン酸(PPA)を投与して自閉症の症状を誘発したラット。
  • グループ分け(計60匹):
    • 健常ラット(対照群)
    • PPA処理ラット(自閉症モデル)
    • GABA投与群(健常+GABA、PPA+GABA)
    • 栄養補助療法群(健常+栄養補助、PPA+栄養補助)
  • 評価
    • 社会的行動の変化(3チャンバー試験)
    • 酸化ストレス指標(抗酸化酵素やビタミンCなど)
    • GABAとグルタミン酸のバランス(脳内の神経伝達物質測定)
    • 脳組織(海馬)の変化(顕微鏡で神経細胞の損傷を観察)

主な結果

  1. PPA投与群はGABAの減少とグルタミン酸の増加を示し、酸化ストレスも顕著だった
  2. GABA単独投与は一部の指標を改善したが、劇的な効果は見られなかった
  3. 栄養補助療法(GABA+プロバイオティクス+ビタミンD3+β-ラクタム)は、GABAレベルの回復・酸化ストレスの軽減・社会的行動の改善に最も効果的だった
  4. 脳組織の観察では、栄養補助療法を受けたPPAラットは神経細胞の損傷が軽減されていた

結論と意義

  • GABA単独よりも、栄養補助療法を組み合わせた方が、自閉症モデルラットの神経化学的バランスを改善し、社会的行動を向上させる可能性が高い
  • 自閉症の治療法として、GABAに加え、プロバイオティクスやビタミンD3などを併用することが有望である
  • 今後のヒトでの臨床研究が必要だが、栄養療法を組み合わせたアプローチがASDの症状改善に役立つ可能性を示唆する研究となっている。