神経多様性とABAの視点の融合
このブログ記事では、発達障害や関連する分野の最新研究を紹介しています。主なトピックとして、神経多様性とABAの視点の融合、自閉症児の音視覚統合の問題、中国におけるASDの診断遅延の要因、MRIを用いたASDの脳構造の多様性、ASDの求職者に対するニューロダイバーシティ研修の効果、精神科入院中の自閉症者に対する精神病質評価尺度の適用、ADHDの診断とアイデンティティ形成の関係、米国の成人ADHD診断率の上昇、ADHD児における腸内細菌の変化と栄養補給の影響など、多岐にわたる研究を取り上げています。これらの研究は、発達障害に対する理解を深め、診断や支援の向上に貢献する重要な知見を提供しており、特に個別化医療や教育支援の可能性に焦点を当てている点が特徴的です。
学術研究関連アップデート
Neurodiversity: A Behavior Analyst’s Perspective
この論文は、神経多様性(Neurodiversity)運動(NDM)に対する応用行動分析(ABA)の視点を示したものです。神経多様性運動は主に自閉症の当事者によって推進され、「神経の違いは障害ではなく多様性の一形態であり、社会の側が適応するべき」という考えを持っています。しかし、この運動が進む中で、「支援が必要なすべての自閉症の人々が平等に擁護されているのか?」という議論も生まれています。
論文の主なポイント
- 神経多様性運動の背景とその成長
- NDMは、自閉症やADHDなどの神経発達的な違いを個性の一部として受け入れることを推奨する運動。
- 歴史的に、NDMは**「障害を治療すべきものではなく、社会の側が適応するべき」という考え**に基づいている。
- ABA(応用行動分析)から見たNDMの影響
- 一部のNDM支持者はABAを**「自閉症の子どもを社会に適応させるための強制的な訓練」と批判**している。
- しかし、ABAの目的は、個人がより良い生活を送れるよう支援することであり、適切に実施されれば、自閉症の人々にとって有益である。
- 「ゼロサムゲーム」 vs. 「Win-Winのアプローチ」
- NDMが進む中で、「自閉症の個人の自己決定権を尊重すること」と「支援が必要な人に適切な介入を提供すること」が対立してしまう可能性がある。
- 特に、重度の支援が必要な自閉症者(非言語の人や高度なサポートを必要とする人など)は、NDMの議論の中で十分に考慮されていない場合がある。
- すべての自閉症者を包括する支援の必要性
- NDMが掲げる「社会の適応」と「ABAが提 供する行動支援」は対立するものではなく、共存が可能である。
- すべての自閉症の人々(軽度から重度まで)が適切なサポートを受けられるよう、NDMとABAの両方の視点を組み合わせることが重要。
結論
- NDMは神経多様性を尊重する重要な視点を提供しているが、支援が必要なすべての自閉症者がその恩恵を受けられているとは限らない。
- ABAは、神経多様性の概念と対立するものではなく、むしろ個々の自閉症の人々に適した支援を提供する手段として活用できる。
- 「自閉症の人がどのように支援を受けたいのか」「どのように社会が適応すべきなのか」を、個別のニーズに合わせて議論する必要がある。
この論文は、神経多様性と行動分析の視点を融合させ、「すべての自閉症の人々が適切な支援を受けられるようにする」ためのバランスを考えるべきと提言しています。
Atypical audio-visual neural synchrony and speech processing in early autism - Journal of Neurodevelopmental Disorders
この研究は、自閉症スペクトラム障害(ASD)の幼児が音声を処理する際に、聴覚と視覚の情報を統合する能力に問題があるのかを調査したものです。ASDの子どもは、言葉の理解やコミュニケーションが難しいことが知られていますが、その原因の一つとして**音と映像をうまく同期して処理できないこと(音視覚統合の異常)**が考えられています。
研究の目的
- ASDの幼児(平均3歳)が音声を処理する際に、聴覚と視覚の情報を統合する能力に問題があるかを調べる。
- 特に、音声が映像と一緒に提示されたときに、ASDの子どもがどのように反応するかを分析する。
研究の方法
- 対象者: ASDの子ども31人(うち女児6人)、定型発達(TD)の子ども33人(うち女児11人)。
- 方法:
- 高密度脳波(HD-EEG) を用いて、脳の活動を記録。
- アイトラッキング(視線追跡) で、子どもたちがどこを見ているかを測定。
- 音と映像が同期したアニメーションを視聴 し、音と映像の統合能力 を分析。
研究結果
✅ ASDの子どもは、音の処理(聴覚応答)が定型発達児よりも弱かった。
- 定型発達の子どもは、聴覚刺激(音声)に対する脳の反応が明確だったが、ASDの子どもはその反応が弱かった。
- これは、音の情報を正しく処理できていない可能性を示している。
✅ 視覚刺激(映像)の処理は定型発達児と変わらなかった。
- 目の動き(視線パターン)はASDの子どもで制限されていたが、映像の処理自体には違いがなかった。
✅ 音と映像が同時に提示されたとき、ASDの子どもは音声の理解がさらに悪化した。
- 定型発達の子どもは、映像があると音声理解が向上したが、ASDの子どもは逆に妨害された。
- これは、聴覚と視覚の情報を統合する能力に問題があることを示している。
✅ ASDの子どもは、脳波の「位相角の分布」が定型発達児よりも広がっていた。
- 特にθ波(4~8Hz)の範囲で、ASDの子どもは音と映像のタイミングをうまく合わせられていなかった。
- これは、音と映像を正しく統合する能力が低いことを示唆している。
研究の結論
- ASDの子どもは、音を聞くだけならある程度処理できるが、映像が加わると音声の理解がさらに難しくなる。
- これは、聴覚と視覚の情報を統合するタイミング(同期)が崩れているためと考えられる。
- 言語の発達が遅れる原因の一つとして、幼少期からの「音視覚統合の異常」が関係している可能性がある。
実生活への応用
🗣️ ASDの子ども向けの言語支援
- 音声と映像を同時に提示する教材が、必ずしも効果的とは限らない。
- まずは聴覚情報(音声のみ)を強調し、徐々に映像を加えていく支援が有効かもしれない。
👀 視線のトレーニング
- 子どもが話し手の口元を見る習慣をつけることで、音と映像の同期を助ける可能性がある。
- アイトラッキングを活用したトレーニングも有効かもしれない。
🔬 さらなる研究の必要性
- 年齢が上がると音視覚統合の問題が改善するのか、追跡調査が必要。
- 脳の同期を改善するためのトレーニング方法を開発することが求められる。
この研究は、ASDの子どもの言語発達の遅れが、単に聴覚の問題ではなく、音と映像を統合する能力の問題に起因している可能性を示した重要な研究です。
Factors influencing timely diagnosis of autism in China: an application of Andersen’s behavioral model of health services use - BMC Psychiatry
この研究は、中国における自閉症(ASD)の診断の遅れに影響を与える要因を分析したものです。ASDの早期診断は、適切な支援や療育を受けるために重要ですが、中国では診断までの遅れが大きな課題となっています。本研究では、Andersenの医療サービス利用行動モデル(健康サービスの利用を決定する要因を「個人の特性」「利用を助ける要因」「医療ニーズ」の3つに分類する理論)を用いて、診断の遅れに関係する要因を調査しました。
研究の方法
- 対象: 中国本土の1〜17歳の自閉症児を持つ家庭に対して、アンケート調査を実施。
- 分析手法: 診断の遅れに影響す る要因を「素因要因(Predisposing)」「利用促進要因(Enabling)」「医療ニーズ要因(Need)」の3つの観点から検討。
研究結果
✅ 86.24%の子どもが24か月(2歳)以降に正式な診断を受けていた。
- 親が最初に異常に気づいてから診断が確定するまでの平均期間は約11か月。
- 診断の遅れが、適切な支援の開始を遅らせる可能性がある。
✅ 診断の遅れに影響する3つの要因
- 素因要因(Predisposing)
- 子どもの現在の年齢が高いほど、診断を早く受けられていた。
- つまり、最近の子どもほど、以前よりも早期診断の機会が増えている可能性がある。
- 利用促進要因(Enabling)
- 自宅から病院までの距離が長いと、診断が遅れる傾向。
- 過去に誤診を経験した家庭ほど、最終的な診断が遅れる。
- 専門医のいる病院へのアクセスが限られている地域では、診断が遅れやすい。
- 医療ニーズ要因(Need)
- 診断時の症状の重さが、診断のタイミングに影響。
- 重度のASDの場合、比較的早く診断される傾向にあったが、軽度~中等度のASDの子どもは診断が遅れやすかった。
- これは、軽度の場合は症状が見逃されやすく、医療機関への受診が遅れるこ とが原因と考えられる。
研究の結論
- 中国ではASDの診断が遅れる傾向にあり、特に軽度~中等度のASDの子どもが適切な診断を受けるまでに時間がかかる。
- 診断の遅れは、病院へのアクセスや誤診の経験などの要因に影響されている。
- 早期診断を促進するために、以下の対策が必要である。
- 定期的なスクリーニング検査の導入(定期健診でASDの疑いがある子どもを早期に発見)
- 複数の専門家が連携する診断体制の整備(小児科医だけでなく、発達専門医や心理士との協力)
- 医療従事者向けのASD専門トレーニング(誤診を減らし、正確な診断を迅速に行えるようにする)
- 遠隔診療(テレヘルス)の活用(地方や病院が遠い地域でも診断が受けられるようにする)
実生活への応用
👶 早期診断の意識向上
- 親や保育士に向けたASDの早期兆候に関する情報提供を強化。
- 「言葉の遅れ」「アイコンタクトの少なさ」などの初期サインを見逃さないよう啓発活動を進める。
🏥 地域医療の充実