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適応機能に関する本人と親の評価の違い

· 約21分
Tomohiro Hiratsuka
CEO of Easpe, Inc

この記事では、自閉症スペクトラム障害(ASD)に関連する最新の学術研究を紹介しています。具体的には、歯科医療と自閉症の関係を分析した研究、自閉症の診断年齢を早める全国スクリーニングの効果、思春期・成人の食の選り好みへの介入、ASDの脳ネットワークの時間・空間的変動、新しい診断バイオマーカーの探索、適応機能に関する本人と親の評価の違い、自閉症者の隠れた社会・感情的能力の可視化、自閉症診断前後の精神疾患の性差など、多様なテーマを扱っています。これらの研究は、自閉症の理解を深め、診断の早期化、より適切な支援、科学的根拠に基づいた介入策の開発につながる可能性を示唆しています。

学術研究関連アップデート

Inclusive Dentistry? Mapping the Landscape of Autism and Dentistry Research through Bibliometric Analysis

この研究は、自閉症と歯科医療に関する研究の傾向を分析するため、過去の論文を網羅的に調査(書誌計量分析)したものです。研究者たちは、1996年から2024年までに発表された2,637本の論文を調査し、そのうち厳選した422本を分析しました。その結果、歯科医療と自閉症に関する研究は近年急増しており、特に過去5年間で全体の70.6%の論文が発表されたことが明らかになりました。研究の多く(214本)は観察研究であり、主なテーマは**「口腔の健康状態」「歯科治療中の行動サポート」**でした。この研究は、自閉症の人々に適した歯科医療の発展が進んでいることを示し、今後の研究や歯科医療の改善に役立つ知見を提供しています。

Could a National Screening Program Reduce the Age of Diagnosis of Autism Spectrum Disorder?

この研究は、オマーンで2017年から実施されている全国的な自閉症スペクトラム障害(ASD)スクリーニングプログラムが、診断年齢を早める効果があるかを検証したものです。研究者たちは、2017年1月1日~2023年6月30日の間にASDと診断された756人の子どもの電子記録を分析しました。その結果、全体の13%(98人)が18か月時点で「M-CHAT-R/F(修正版乳幼児自閉症チェックリスト)」によるスクリーニングを受けており、スクリーニングを受けた子どもは、受けていない子どもに比べて約2年(39.4か月 vs. 63.8か月)早く診断されていたことが判明しました(p<0.001)。また、統計モデルによる分析でも、スクリーニングを受けた子どもは20%早く診断に至る傾向が確認されました。この結果は、全国的なスクリーニングプログラムがASDの早期診断につながり、早期介入の機会を増やし、長期的な発達の改善に寄与する可能性を示しています。

Treating Food Selectivity in Adolescents and Adults with Autism: A Systematic Replication

この研究は、自閉症の思春期・成人における食の選り好み(フードセレクティビティ)を改善するための介入を、グループケア施設で適用し、その効果を検証したものです。研究対象者は、栄養価の低いスナック類を主に食べ、好ましくない(栄養価の高い)食品を拒否し、提供されると問題行動を示す傾向がありました。研究チームは、個々の嗜好や行動を評価し、食事に関する段階的な行動を達成するたびに、本人が選んだ報酬を与える手法(合成強化)を導入しました。その結果、3人の対象者は、それぞれ80%、60%、100%の割合で、新しい食品を問題行動なしに受け入れることができるようになりました。この研究は、自閉症の思春期・成人に対しても、適切な支援を行うことで食事の幅を広げることが可能であることを示しており、今後の食事療法や介入プログラムの発展に貢献する可能性があります。

Temporal and spatial variability of large-scale dynamic brain networks in ASD

この研究は、自閉症スペクトラム障害(ASD)の人が持つ脳の機能的なつながり(ファンクショナル・コネクティビティ, FC)の時間的・空間的な変動を分析し、新たな診断バイオマーカーを特定することを目的としたものです。従来の研究では、ASDの人の脳のネットワークの異常が、社会的認知の困難やその他の症状と関連していることが明らかになっていますが、そのネットワークがどの程度ダイナミック(時間や空間によって変化するか)については十分に研究されていませんでした

研究の方法

  • ASDの人と健常者(HC)を比較し、脳の機能的つながりの変動パターンを分析。
  • *ファジーエントロピー(Fuzzy Entropy)**という手法を用いて、時間的変動(同じ脳ネットワークのつながりが時間によってどれくらい変わるか)と空間的変動(異なる脳領域のつながりが空間的にどれくらい異なるか)を測定
  • ASDの症状の重さと脳の変動パターンの関係を解析し、それを基にASDの識別モデルを作成。

主な結果

  1. ASDの人は、健常者よりもセンサーモーター(感覚・運動)、サブコーティカル(大脳基底核など)、小脳ネットワークで時間的変動が大きかった
  2. 視覚、辺縁系(感情処理)、サブコーティカル、小脳ネットワークで空間的変動が増加していた
  3. これらの脳の変動パターンは、ASDの症状の重さと相関があった(変動が大きいほど症状が強い傾向)。
  4. 時間的・空間的な変動パターンを組み合わせることで、81.25%の精度でASDを識別できるモデルを構築

結論と意義

  • ASDの人の脳は、機能的なつながりが時間や空間によって通常よりも大きく変動することが分かった
  • この変動パターンはASDの症状と関連しており、新たな診断バイオマーカーとして活用できる可能性がある
  • 時間的・空間的なFCの変動を統合した特徴を用いることで、より正確なASDの診断が可能になるかもしれない

この研究は、ASDの脳のダイナミクス(時間や空間による変化)を詳細に分析し、それが診断の新たな手がかりとなる可能性を示した画期的なものです。今後、さらに多くのデータを用いた研究が進めば、より精度の高い自閉症診断ツールの開発につながるかもしれません

Adaptive Functioning Across Contexts: A Comparison of Parent and Self-Reported Ratings in Autistic and Non-Autistic Youth

この研究は、自閉症の若者(16~24歳)の「適応機能(生活スキル)」について、本人の自己評価と親の評価にどれくらい差があるかを調査し、その違いがどのような要因と関連するのかを分析したものです。適応機能とは、**日常生活の中で必要なスキル(例:社会的スキル、実用的スキル、概念的スキル)**のことを指します。

研究の目的

  • 親と本人の適応機能の評価にどの程度の差があるかを調べる
  • 評価の違いが、IQ(知能指数)、自閉症の症状の重さ、親の教育レベルとどのように関連するかを分析する
  • 適応機能の「社会的スキル」「実用的スキル」の評価のズレがどのように影響するかを検討する

研究の方法

  • 対象者:16~24歳の若者132名(自閉症者66名、非自閉症者66名)
  • 評価方法
    • Adaptive Behavior Assessment System-3(適応行動評価システム-3) を用いて、「概念的スキル」「実用的スキル」「社会的スキル」の3つの領域で適応機能を評価。
    • 親による評価と本人の自己評価を比較し、その差を統計的に分析
    • 独立した評価者による客観的評価と比較し、どちらの評価が実際の適応機能に近いかを検証

主な結果

  1. 自閉症の若者は、非自閉症の若者に比べて、親・本人ともに適応機能が低いと評価される傾向があった
  2. 本人の自己評価と親の評価の間には、特に「社会的スキル」と「実用的スキル」で大きな差が見られた
    • 社会的スキル:自閉症の若者は親の評価よりも高く自己評価する傾向があった。
    • 実用的スキル(例:金銭管理、食事の準備、公共交通の利用など):逆に、親の評価の方が高く、本人は自分のスキルを低く評価する傾向があった。
  3. 社会的スキルに関する自己評価は、独立した評価者の判断とよく一致していた(つまり、本人の自己評価は、ある程度信頼できる可能性がある)。
  4. 自閉症の症状が重いほど、親と本人の評価のズレが大きくなる傾向があった

結論と意義

  • 親と本人の評価のズレが大きいため、多面的な評価が重要(親の意見だけでなく、本人の視点も考慮する必要がある)。
  • 親は実用的スキルを高く見積もりがちだが、本人は自分のサポートニーズを過小評価している可能性があるため、適切な支援計画が必要
  • 社会的スキルに関しては、本人の自己評価が比較的信頼できるため、支援計画に反映することが望ましい
  • 自閉症の症状が重いほど評価のズレが大きくなるため、より慎重なアセスメントと個別対応が求められる

この研究は、自閉症の若者の生活スキルを正しく理解し、適切な支援を行うためには、「本人・親・専門家」の複数の視点を取り入れることが重要であることを示しています

Frontiers | Hidden Social and Emotional Competences in Autism Spectrum Disorders Captured Through the Digital Lens

この研究は、従来の「自閉症=社会的・感情的な能力が欠如している」という見方を見直し、自閉症の人が持つ隠れた社会・感情的能力をデジタル技術で可視化できる可能性を探るものです。研究チームは、スマートフォンやタブレットのカメラで撮影した顔の微細な動きを分析することで、通常の観察では見落とされがちな感情表現の特徴を捉えることができると仮説を立てました。

研究の方法

  • 対象者:126名(うち56名が自閉症スペクトラム)
  • データ収集:スマホやタブレットを使い、安静時と感情を引き出す課題(例:喜び・驚きなどの感情を誘発する映像や質問)を行っている間の**顔のマイクロモーション(微細な動き)**を記録
  • 分析方法
    • 顔の68カ所の微細な動き(MMS:Micro-Movement Spikes)を測定
    • 統計モデル(ガンマ分布)を用いて、動きのパターンを分類
    • 表情筋の動きを示す「アクションユニット(AU)」を解析し、感情ごとの動きの強さや頻度を比較

主な発見

  1. 自閉症者は安静時でも神経典型(NT)者と異なる微細な動きのパターンを持つ
    • 統計的に明確に区別できる動きの特徴があり、支援の必要度に応じたグループ分けも可能だった。
  2. 感情を表現する筋肉の動き自体はNTと大きく変わらない
    • しかし、動きの範囲やパターンが、我々の通常の感覚(知覚の枠組み=Umwelt)の外にあるため、目視では捉えにくい
  3. この微細な動きを可視化することで、より適切な社会的・感情的支援が可能になるかもしれない

結論

この研究は、自閉症者の社会・感情的能力が「ない」のではなく、私たちがそれを「見えていない」可能性を示唆しています。スマホを活用した手軽な方法で、隠れた感情表現の特徴を捉え、個々のニーズに合った支援につなげる可能性があることを示した点で、今後の自閉症支援のあり方に新しい視点を提供する研究といえます。

Journal of Child Psychology and Psychiatry | ACAMH Pediatric Journal | Wiley Online Library

この研究は、自閉症スペクトラム障害(ASD)の診断を受ける前に、精神疾患の診断を受ける割合に性差があるのか、また自閉症診断後もそれらの精神疾患の治療が続くかを調査したものです。スウェーデンの全国データ(1990~2015年生まれの72,331人)を用い、男女の違いを分析しました。

主な結果

  1. 自閉症診断前に精神疾患の診断を受ける割合
    • 女性の54.2%、男性の40.9%が自閉症の診断前に何らかの精神疾患と診断されていた
    • 特に、女性は不安症・うつ病の診断を受ける可能性が男性よりも高い(オッズ比1.29~10.69)。
    • ただし、ADHDの診断は男性の方が多い(オッズ比0.69)。
    • 精神病性障害(統合失調症など)は性差なし(オッズ比0.91)。
  2. 自閉症の診断年齢
    • 精神疾患の診断歴がある場合、女性は男性よりも自閉症の診断が遅れる傾向があった
    • これは、女性の自閉症の症状が精神疾患と誤解されやすい可能性を示唆している。
  3. 自閉症診断後の精神疾患の治療の継続率
    • 診断後5年間で、精神疾患の治療が継続される割合は23.1%~88.9%と大きく差があった
    • 不安症・睡眠障害・自傷行為の診断は、女性の方が継続される傾向(オッズ比1.45~2.37)。
    • 精神病性障害は、男性の方が継続される傾向(オッズ比0.60)。

結論

  • 女性は、自閉症診断前に不安症やうつ病と診断されることが多く、結果的に自閉症の診断が遅れる傾向がある
  • 自閉症診断後も、精神疾患の治療の継続率は性別によって異なる
  • 女性の自閉症は、精神疾患として誤診されやすいため、より正確で迅速な診断と適切な支援が重要

この研究は、自閉症の診断過程における性差を明らかにし、特に女性の自閉症が見落とされやすい現状を示唆しているため、早期発見・適切な支援の必要性を強調するものとなっています。