療育をを行うにあたり目標行動を決める際に、皆さんはどのような意思決定をされているでしょうか?
はじめに
療育をを行うにあたり目標行動を決める際に、皆さんはどのような意思決定をされているでしょうか?
行動改善を行う時、もっと言えば児童やご家族の抱える課題を解決しようとする時にによくあるのは、保護者の方からヒアリングした内容を主な判断材料として、意思決定をするというものです。
早期療育の現場においては児童が「こんなことに困ってます」と理路整然とは言ってくれません。そのため児童をよく知る方へのヒアリングやアセスメントツールなどの結果をもとに取り組む課題や目標を判断していく必要があります。
しかしながら、そのようにして集めた情報から**今まさにどの課題に取り組むのか?**という点を決めるとなるとなかなか一筋縄ではいかないのではないでしょうか?
支援者の立場からみて優先度が高い課題であっても、ご家族にとって優先度が高いと考えられる課題とは限りませんし、当然それぞれの利害関係者にとって優先順位は異なります。
このような場合には利害関係の調整に大きなコミュニケーションコストがかかってしまいます。
本記事では、このような利害関係の調整を最小限に抑える方法の一つとして、**「当事者の利益の最大化」**という点を軸にした意思決定の方法に関してご紹介します。
あらかじめ療育の目的を当事者の利益を最大化することに定めることで、以後その軸に沿ったコミュニケーションをすることができ、またここに軸を定めることで目標行動を選ぶ上でのチェックリストや優先度の付け方というフォーマットを利用することができます。
ABAホワイトブックに記載のものを一部抜粋して、チェックリスト及び検討内容に関して紹介します。
行動改善チェックリスト
スキル獲得や問題行動の変容など、行動を変化させる介入に関して目標を定める際に、まずはチェックリストを用いてその行動が目標行動の要件を満たすかスクリーニングします。
以下は簡単なチェックリストです。
**1.その行動は介入が終わった後のクライエントの日常環境の中で強化を生み出す可能性があるか? **
これは、行動の維持という点で重要です。セラピストがそばにいないときであってもその行動を使うことで強化されるという見込みがないと、結局生活環境に改善は起きないという結果になってしまいます。
朝、教室に来たときに「おはよう」と言う 教室にいるクラスメイトや先生が「おはよう」と返答し、かつ挨拶を返されることが強化子として機能する。
2.その行動はより複雑で機能的なスキルに必須の前提技能か?
その行動自体に大きな意味はなくとも、それが目標とするスキルの必要不可欠な条件となっている場合には、もちろん標的行動することができますが、本当に必須条件か確かめる必要があります。
トイレトレーニングをする際に、まずは自分で衣類を脱ぐことができるトレーニングから始める。
**3.その行動は、その人が他の重要な行動を獲得し応用できる環境への接触を増大させるか? **その行動を変えることで他の人々がより適切で支援的な方法で関わってくれる素地が作られるか?
一見、児童の発達においては本質的な標的行動でないように思えても、その行動を習得することで、周囲の人に直接的な利益があり、それによって児童の学習機会の増加や環境改善が明らかに見込まれる時には標的行動となります。
「わかりません」と言うことができる。 先生は児童がどの時点でつまづいているのか確認することができ、教えることができる。
4.その行動は行動カスプあるいは基軸行動か?
行動カスプは、行動改善が、単なるスキル獲得にとどまらず、さらに新しい行動を発展させる行動です。例えば赤ちゃんがハイハイをするという行動は、これまで誰かに刺激を与えられることを待つ状態だったところから、部屋の隅々を探索したり、新しい刺激に触れたりと、ハイハイという一つのスキルを獲得しことで新しい世界がひらけます。 基軸行動は、一旦学習すればそれを起点に学習機会が作られていく行動です。
挨拶をする 挨拶をした人から様々な応答を得ることができ、会話を学習する上での基軸行動と言える。
5.その行動は年齢相応か?
ノーマリゼーションの考えに立った時に、その行動改善は自尊心を傷つけないか、という点が重要であるのと同様に、年齢相応のスキル獲得機会の減少を防ぐという意味合いで検討する必要があります。
例えば17歳の男子高校生に余暇の過ごし方として積み木遊びをする場合と、スポーツや音楽に興じる場合どちらが本人にとって利益になるでしょうか。もちろんケースによりますが、年齢相応のスキルや行動を学習することで、その他の年齢相応のスキルや行動の学習機会が担保されることがあり、これはセラピストでは教えにくいことでもあります。
余暇の時間をスポーツに使う サッカーチームに所属した結果同年代のコミュニケーションを学習する機会が増えた
6.計画した標的行動が減らしたり無くしたりすべき行動であるとき、それはどんな適応行動によって置き換えられるか?
問題行動を減らしたり無くしたりする場合には、それ自体を目的にするのではなく代わりとなる代替行動の獲得が目的としなければなりません。周囲の人にとって問題といえど児童にとってその行動を行うことは何らかの機能を果たしている為、その機能を満たす適応行動を学習することができる計画にする必要があります。
授業中に教室を飛び出し、先生に追いかけられる。(注意の獲得) 授業中に着席し、先生から定期的に声をかけられる。(注意の獲得)
7.その行動は実際の問題や達成ゴールそのものか?それとも間接的に関係しているだけか?
行おうとしている行動改善が、目標とどのような関係にあるのか再確認する必要があります。例えば、「授業中静かにしている」という行動改善が、先生からの適切な支援の必須条件になるのであればそれは標的行動として定義できるかもしれませんが、一方本来の目的が、「授業で与えられる課題に取り組む」であれば「静かにしている」だけでは足りないことがわかります。
8.それはただの話か、それとも実際の行動か?
言語行動を改善することそのものが目的となる場合もありますが、一方でそれでは達成できないケースもあり、しっかりと区別する必要があります。例えば、渡されたプリントをぐしゃぐしゃにしてしまう児童に対して、「プリントをぐしゃぐしゃにしません」と言えるように改善することは、実際にプリントをぐしゃぐしゃにしないという行動を担保しません。
9.ゴールそのものが具体的な行動でないならばその行動はその達成に役立つか?
例えば良い成績を取れるようにしたいと言う、結果を求めるケースを考えた時に、良い成績は行動の結果出会って行動そのものではありません。このようなケースの場合には、ゴールの状態に関してもそれぞれの人によって認識がずれるケースがあります。そのため、まず結果を明確に定義(例:国語で5段階中4の評価を得る)し、それから目標に対してどのような行動が必要か分析し、分解していく必要があります。
上記のそれぞれの事項に関して、想定していた行動を評価することで、なぜその行動を改善する必要があるのか、また改善した結果どうなるのかという点に関してより深い洞察を得ることができます。
標的行動の優先度の付け方
上記のチェックリストをもとに、それぞれの標的行動に関して精査を行なった後で、次に問題になるのは、ではどの行動が優先されていくのかと言う点です。
ここでは簡単にそれぞれのスクリーニング済みの標的行動に対して項目事に点数をつけていき優先度をつけます。
回答に対する点数の付け方は下記の通りです。
いいえ(0点) たまに(1点) もしかすると(2点) おそらく(3点) いつも(4点)
これらの項目は支援者単体でも利用できますが、保護者、その他周囲の重要な人々それぞれにチェックしていただくことで、より全体の意見や事実を反映した優先度づけを簡易的にすることができます。
1.この行動はクライエントや他の人々に何らかの危険をもたらすか?
自傷、他害が発生している場合には、最優先に取り組む必要があります。
2.当人がこの新しい行動を使わなければならなくなる機会はどのくらいあるか?またはこの問題行動はどのくらい頻繁に起こるか?
新しい行動がどれだけ児童にとって役立つのか、またはどれだけ不利益となるのかその大きさを元に優先度を評価します。
3.その問題やスキル欠如はどのくらい長期間続いているか?
慢性的な問題行動やスキルの欠如という状態は基本的に新しく現れた課題よりも優先して扱われます
4.この行動を変えることによって、本人に高頻度の強化を生み出すか
他に考慮す べき事項がない時に最後の優先度を決める決定打になるのは、どちらがより高頻度、高水準の強化を持続的に発生させるかという点です。
5.将来のスキル発達と自律機能にとってこの標的行動の相対的重要性はどの程度か?
将来のスキル発達を考えた時に、現在の対象としている行動が必要条件か補助的なものかで優先度を判断します。
6.この行動を改善すれば、他者からのマイナスの、または望ましくない注目を減らすことに繋がるか?
行動自体に問題はないという点で優先度が低い課題の中で、順番を決める時には、その行動によって上記の不利益がどれだけ減るかという点で比較することができます。もちろん他者のリテラシーが低い方が良くないという課題もありますが、この不利益を被る際の悪影響を認識し適切に判断する必要があります。
7.その新しい行動は、周囲の重要な人々に対して強化を生み出すか?
本人の利益の最大化に努めることはもちろんですが、それは周囲の重要な人々特にご家族の生活に多大な影響を与える行動を無視するということではありません。例えばトイレトレーニングは1時間しかセラピーを提供しないセラピストのケースでは、そこまで具体的に影響をイメージしにくい場合もあるかと思いますが、ご家族にとって児童が自分でトイレにいくことができるという事実の影響は非常に大きなものです。
8.この標的行動を改善できる可能性はどのくらいあるか?
実際に計画を立ててもそれが到底実現し得ないものであれば、意味はありません。これまでの行動改善の研究成果から見た 難易度や、自身の経験、どの程度介入計画をコントロールすることができるか、期間や介入方法を実行できる時間的、人的、金銭的資源が確実に確保できるか、これらの点を鑑みて判断する必要があります。
9.この行動を変えるためにどのくらいの費用がかかるか?
金銭的なものに加えて特に重要なのは時間です。それぞれの改善目標に対して費用対効果を考え優先度をつける必要があります。
まとめ
簡単ですが、行動変容を行う際に検討すべき事項と、検討した結果何から取り組むのか決める優先度の付け方の指針を紹介させていただきました。特にニーズに関して折り合いをつけていくことが難しい場合には、**「当事者の利益の最大化」と言う軸を定めた上で、**チェックリストの項目に沿って検討し優先度をつけるというプロセスを、関係者を巻き込んで行うことが有効です。
目的を揃えた上で一緒に理解を深めていくという過程が、重要かと思いますので是非ご活用下さい。