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自閉症のある女性やその家族の声から見える支援の文化的・構造的障壁

· 15 min read
Tomohiro Hiratsuka
CEO of Easpe, Inc

本記事では、発達障害・知的障害に関連する最新の学術研究を紹介しています。中国における約74,000人を対象とした調査から明らかになったADHDの有病率と併存症の実態、ICU看護師が知的障害のある患者に向き合う際の倫理的ジレンマと教育的課題、自閉症のある女性やその家族の声から見える支援の文化的・構造的障壁、また、知的障害のある学生が大学教育に参加することで生まれる相互理解と学びの深化に関する国際的な取り組みなど、多角的な視点から個別化支援・文化的配慮・制度整備の重要性を浮き彫りにする研究が取り上げられています。共通するのは、「声を聞くこと」と「共に学ぶこと」の価値であり、支援のあり方や教育の未来に向けた具体的なヒントが詰まった内容となっています。

学術研究関連アップデート

Prevalence and comorbidity of attention deficit hyperactivity disorder in Chinese school-attending students aged 6–16: a national survey - Annals of General Psychiatry

この研究は、中国国内で6~16歳の学校に通う子ども約7万4千人を対象に、**ADHD(注意欠如・多動症)の有病率と、併存する精神的な問題(併存症)**について全国規模で調査した初の大規模研究です。


🎯 研究の目的

ADHDは子どもの発達に関わる代表的な障害のひとつですが、中国ではこれまで全国規模で実態を把握した研究がありませんでした。この研究は、ADHDの頻度や、併発しやすい他の精神疾患との関係を明らかにすることを目的としています。


🔍 実施内容と方法

  • 対象者:全国の6〜16歳の子ども 73,992人
  • 診断方法:行動チェックリスト(CBCL)、子ども用精神疾患面接(MINI-KID)、DSM-IV診断基準に基づき評価
  • ADHDのタイプ分類:
    • ADHD-I(不注意型):集中が続かない、忘れっぽいなど
    • ADHD-C(混合型):不注意+多動・衝動の両方
    • ADHD-H(多動・衝動型)

📊 主な結果

  • 全体のADHD有病率:6.4%
    • ADHD-I(不注意型):3.9%
    • ADHD-C(混合型):1.7%
    • ADHD-H(多動型):0.9%
  • 男児・低年齢の方が有病率が高い
  • ADHDの子どもの53%に何らかの精神疾患が併存
    • ADHD-C・ADHD-Hでは、反抗挑戦性障害/行為障害(ODD/CD)が58%で最多
    • ADHD-Iでは、不安障害が17%で最多
  • その他の傾向:
    • チック障害は年少男子に多い
    • 気分障害・薬物使用障害は年長男子に多い
    • 不安障害は年長児や女子に多い

✅ 結論と意義

この研究は、ADHDが中国の子どもにも広く存在しており、しかも多くの場合ほかの問題も抱えていることを明らかにしました。

また、ADHDのタイプや子どもの年齢・性別によって、併存する障害が大きく異なることから、一律の支援ではなく、個々に応じた対応(個別化支援)が重要であることが示唆されました。


この研究は、中国の教育や医療現場におけるADHD支援体制の整備にとって基盤となる知見であり、今後の政策・介入設計に大きく貢献する可能性があります。

Nursing lived experience: Critical care ethics and intellectual developmental disabilities

この研究は、知的発達障害(IDD)のある患者をICU(集中治療室)でケアする看護師たちがどのような体験をしているのか("ナースの生の声")を明らかにした質的研究です。


🎯 研究の目的

ICUにおいては、重篤な状態の患者に迅速かつ専門的な対応が求められますが、知的発達障害のある患者に対しては、より個別的な理解と配慮が必要です

しかし、多くのICU看護師は、そのようなケアに対する訓練や支援が不十分であると感じており、ジレンマやストレスを抱えています

この研究では、ICU看護師20人へのインタビューを通じて、その“声”を深く掘り下げることを目的としています。


🗣️ 発見された3つの主要テーマ

  1. 「もっと知っていれば…(If Only I Had Known More)」
    • IDDに関する知識や訓練が不足していることに対する恥ずかしさや無力感
    • 看護師自身が「自分は十分なケアができていない」と感じる場面が多い
  2. 「彼らはもっと良いケアを受けるべき(They Deserve Better)」
    • 医療現場のリソース不足や制度的なサポートの欠如により、適切なケアが困難
    • 看護師が個人的に努力しても限界があることへの悔しさや諦め
  3. 「魂が重くなる(It Weighs on My Soul)」
    • 道徳的苦悩、自己疑念、感情の切り離し、孤独の目撃、そして苦しみながらの対処
    • 看護師としての倫理観と現実とのギャップに悩む経験が語られる

✅ 結論と意義

  • IDD患者のケアには、看護師自身の教育・職場の制度・感情的なサポート体制すべてに課題がある
  • これらの体験は、「ケアの倫理(ethics of care)」という観点と強く結びつく
  • よりよいケアを提供するためには、看護師へのIDDケア研修、制度的な支援、感情面のフォロー体制の整備が必要である

この研究は、「ただ命を救うだけでなく、“誰に対してどうケアするか”という倫理的な視点が現場で問われている」ことを強く訴えており、重度障害を持つ人々への医療・看護体制を見直す重要性を浮き彫りにしています。

“I Want More People Like Y'all to be Willing to Listen to People Like Us”: A Qualitative Study Exploring Barriers and Facilitators to Care With Autistic Women and Caregivers

この研究は、自閉スペクトラム症(ASD)に関する診断や支援のプロセスについて、「自閉症のある女性」と「自閉症の子どもを育てる女性(母親など)」の視点から、どのような障壁や支援があるのかを探った質的研究です。


🎯 研究の背景と目的

  • ASDは36人に1人が診断されるほど増加していますが、
    • 女性の診断率は男性より低く
    • 有色人種の子どもは白人よりも診断されにくいという現状があります。
  • この研究では、**ジェンダーや文化的背景も含めた当事者の「声」**に焦点を当てました。

👥 研究対象と方法

  • 対象:ASD当事者の女性3名と、ASD児の女性保護者3名
  • 方法:**フォーカスグループ(少人数の深掘りインタビュー)**を実施
  • 目的:**診断・支援・文化的背景などを含めた「体験の語り」**を収集・分析

🔍 見えてきた5つの主なテーマ

  1. 診断にまつわる感情:ショック・安堵・混乱など多様な感情が交錯
  2. サービスへの不満:必要な支援が届かない、形式的で当事者視点に欠けるなど
  3. 文化とASD:家族内での理解や対応に文化が大きく影響
  4. 支援の中で文化が軽視されがち:言語、価値観、信頼形成が考慮されていないことへの不満
  5. 「もっと聞いてほしい」:サービス提供者が当事者や家族の声にもっと耳を傾けてほしいという強い訴え

✅ 結論と意義

  • ASD支援では、「文化」「性別」「家族の声」といった要素が軽視されやすいが、それが支援の質に直結する
  • 本研究は、当事者とその家族がどのように感じ、何を求めているかを明らかにした点で重要
  • 今後の支援には、「聞く姿勢」「文化的な配慮」「当事者中心のアプローチ」が不可欠であることを示しています

この研究は、「もっと私たちの声を聞いてほしい」という切実な願いを、支援の現場にどう反映させるかを問うものであり、福祉・教育・医療の現場に重要な視点を投げかけています。

‘The Heart in Learning’: Cross‐National Inclusive Higher Education Perspectives From Students With Intellectual Disabilities and Student Teachers

この研究は、**アメリカとオーストリアの大学で実施された「知的障害のある学生を含めたインクルーシブ教育の実践」**に関するもので、多様な学生が一緒に学ぶことの意義や課題、可能性を探ったものです。


🎯 研究の目的

  • アメリカ(ニューヨーク市立大学)とオーストリア(ザルツブルク教育大学)の教育コースに、知的障害のある学生を「参加研究者」として加えた
  • 彼らが他の教育学専攻の学生(教師を目指す学生)とともに受講することが、どのような学びを生み出したかを調べました。

🔍 実施内容

  • コース内容:
    • ニューヨーク:音楽と身体表現のワークショップ
    • オーストリア:市民性について学ぶ授業(シティズンシップ・スタディーズ)
  • 対象者:
    • 知的障害のある学生2名(評価はなく、独自の修了認定を目指す)
    • 教育学を学ぶ学生37名
  • 方法:
    • 授業への参加、アンケート、質的分析を通じて、経験や相互作用の変化を記録

📊 主な結果

  • 知的障害のある学生の参加が、クラス全体の学びを豊かにしたという声が多く寄せられた
  • *「共に学ぶ楽しさ」や「理解し合う大切さ」**が強調された
  • 同時に、サポート体制や学びの目的の明確化など、制度的な課題も浮き彫り

✅ 結論と意義

  • 知的障害のある学生が評価や点数の枠にとらわれずに参加できる環境は、周囲の学生にとっても「教育の意味」を再考するきっかけになった
  • 学び合い・支え合いの関係性が、教育そのものを変える力を持つことが確認された
  • 今後の教育実践において、多様な学習者が共にいることが「学びの質」を高める重要な要素であるというメッセージが示された

この研究は、知的障害のある人を「支援される対象」ではなく「共に学ぶ仲間」として位置づけることで、教育のあり方を根本から問い直す内容となっており、インクルーシブ教育の未来に希望を与える実践的知見を提供しています。